読書の愉しみ
久しぶりに新品で本を買った。文庫ではなくて単行本である。CDにも同じことが言えるが、中古で安価に購入したものは一度にたくさん手にすることができて、それはそれで幸せなのだけれど、やはりひとつひとつのアイテムに対するありがたみというものが湧かない。105円で買った文庫本には愛着が持てないし、接し方もなおざりになる。読書の途中放棄ほどその本にとって不幸せなことはないのに、である。
さて、昨日カフカと並んで僕の敬愛するフリオ・コルタサルの「通りすがりの男」を買った。思い返すと単行本を純粋に自分のために買ったのは初めてかもしれない。これまでは精々文庫だったし、両親の職業柄家には潤沢に書籍があって読む本には困らなかった。実家のすぐ近くには図書館があったので新品で本を手に入れようなどとは考えもしなかった。コルタサルはほとんどが絶版になっているから神保町まで出掛けていったわけだが、どこにも見つからず渋々2400円を出して買ったのが「通りすがりの男」である。
確かに、高い。2400円あればうどん8杯は食える。ただ、買った後には不思議な「うれしさ」があった。単行本独特の重みを味わいながら、雪の残るアスファルトをスキップしながら歩きたくなった。その後友達と焼き鳥をつつきながらろくでもない話を延々としていたけれど、ふと足元に目を落としたとき、鞄から本がチラリと覗いて思わず顔がほころぶ。ああ家に帰ってはやく読みたいなあ。うんうん、僕たちがこいつらに求めていたのはこういう「重み」ではなかっただろうか。
毎日の中でのちょっとしたぜいたく。ちょっとした幸せが日常に彩りと重力を加味して、僕たちの足を繋ぎ止めていてくれる。